東洋のマチュピチュ 別子銅山の東平(とうなる)がすごかった!

      2016/11/13

こんにちは、遺跡ハンターゆーすけ(@yusuke_plmrstn)です。

 突然ですが、みなさんはマチュピチュという言葉を聞いたことがありますか?

ペルーのアンデス山麓に存在する、15世紀インカ帝国の遺跡です。

存在の目的がいまだ解明されていない魅力たっぷりの場所で、その幻想的な姿をひと目見ようと大勢の観光客が訪れています。

しかし日本から訪問しようとすると簡単な行程ではありません。

日本→リマ→クスコ→マチュピチュ村→マチュピチュ、と進み、合計35時間ちかくかかってしまいます。

 

マチュピチュは写真で眺めるのが楽しいのかなぁ、なんてあきらめていませんか??

 

実は!

日本にもマチュピチュと呼ばれる遺跡が存在しています!しかも僕の故郷の愛媛県にあります。

今回は日本のマチュピチュの1つ、別子銅山(べっしどうざん)にある東平(とうなる)の遺跡をご紹介します。

 

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別子銅山とは何ぞや?

ではまず愛媛の別子銅山のご紹介です。

別子銅山は愛媛県の新居浜市にあった銅山のことです。

 1690年に発見され、その後約180年間にわたり開発されました。

住友家が一貫して経営し、現在の巨大財閥の礎を築いたところとして知られています。

今は閉山していますが、当時の様子を残すための資料館がマイントピア別子という施設にたくさん残されています。

マイントピア別子公式サイト

  

東平の遺跡は東洋のマチュピチュと呼ばれている

当時の別子銅山ではそこで働く鉱夫やその家族など、ピーク時は1万人以上が生活し、1つの町を形成していました。

学校、病院、百貨店、旅館などが立ち並び、生活する上で不便はなかったそうな。

別子銅山の閉山とともに採掘施設や生活施設のほとんどは取り壊されてしまいましたが、歴史を語る資料として一部が保存され、現在では東洋のマチュピチュと呼ばれるようになりました。

 愛媛県の県庁所在地は松山ですが、当時の松山の人口が1万5千人くらい。

別子銅山の人口が約1万人なので、かなりの大きさの町だったことが想像できます。 

 

日本のマチュピチュ東平(とうなる)の行き方

さて東洋のマチュピチュですが、マイントピア別子からさらに山奥に進んだ東平(とうなる)という地域に存在しています。

 

 マイントピア別子から専用バスが出ていて、それを利用することもできます。

Bus

△マイントピア観光バス/出発時間 11:00と13:00の1日2本/所要時間2時間/実施期間4月〜11月/中学生以上1,200円/3歳以上〜小学生600円/3歳未満は無料

 

自家用車でも行くことができるので、お好みでどうぞ。

どちらにしても車がないとアクセスできない場所です。

ただしここで2点注意があります。

1つ目
東平への山道は道幅が狭く、車の離合ができない場所があります

2つ目
冬季(12月〜2月)は東平への道の凍結のため、東洋のマチュピチュにはアクセスできません

 

東平にいくためには細い山道を通っていきます。

道はある程度整備されていますが、一部車のすれちがいが出来ないくらいに狭い道路もあります。

その場合はどちらかが戻り、道をゆずるしかありません。

さらに冬の間は閉山してしまいますので、訪問する時期に注意が必要です。

 

東平への道は狭かった

それではさっそく東平にいってみましょう!

マイントピア別子を通り過ぎ、どんどん山を登っていきます。

途中の緑がきれいですね。

そして左手に東平への看板があらわれます。

この先が問題のグネグネ山道です。

なんと5km以上も続くというから驚きです。

 

訪問した日は平日だったため、運良くすれ違う車はありませんでした。途中の道は広い場所もあれば車1台しか通れない細い場所もあります。

でも少し戻れば離合できるように整備されているので、想像していたよりかは登りやすかった印象です。

途中の山道を動画におさめましたのでどうぞ。

 

20分ほどかけて登り切ると駐車場があります。

ここに車を停め、あとは歩きで遺跡散策です!

 

 

車を降りるとそこはマチュピチュだった

この日は平日。駐車場にはほとんど車はありませんでした。

休日になると観光客でけっこう賑わうようですが、人が少ないほうがゆっくり見学できますよね。

東平に残っている遺跡はざっくりと次のようなものがあります。

貯鉱庫跡

重厚な花崗岩造りの貯鉱庫で、運ばれてきた鉱石と、新太平坑(しんたいへいこう)と東平を結ぶ太東索道から運ばれてきた鉱石を一時的に貯蔵するものでした。

  

索道停車場跡

鉱山施設が集中していた東平集落の下部にあり、東平と端出場(黒石)を結ぶ主要輸送機関でした。
鉱石運搬はもちろん、日用生活品や郵便物、新聞もこの索道で輸送されていました。鉱石は、隣接する貯鉱庫から搬器に移され、端出場へと運ばれていました。

 

旧インクライン

端出場(はでば)から索道で東平へと運ばれてきた物資は、インクライン(傾斜面を走る軌道)を通じて荷揚げされていました。
現在、インクラインはマイントピア別子東平ゾーンの園内遊歩道の一部、220段の長大階段に生まれ代わっています。

  

旧火薬庫口

この火薬庫は、明治45年(1912)に探鉱を目的に開削された坑道を活用したもので、坑道掘削用のダイナマイトなどを保管していました。この火薬庫の通風口は寛永谷にありました。

 

旧東平第三変電所

明治37年(1904(に完成した赤レンガ造りの第三変電所は、落し水力発電所から送電されてきた電力の電圧調整と明治38年(1905)に第三通洞に電車が導入されたことに伴い、その電車用に直流変換するために設置されたものとされています。
現在、かつて採鉱本部が嶺北側に初めて置かれた第三の地形のやや上段に、赤レンガ造りの旧第三変電所の建屋が残されていますが、建屋の中は、変電所であった面影はほとんどありません。

 

貯鉱庫跡と索道停車場跡

駐車場からインクライン跡を下っていくと貯鉱庫跡と索道停車場跡が広がっています。

220段もの階段は圧巻です!

この日は天気も良く、景色がキレイです。

東平で検索すると一番目にする写真はここで撮られていますね。

レンガ造りの遺跡がどどーんとあらわれました。

数百年前ではここが実際に使われて採掘に使われていたと考えると感慨深いものがありますね。

近くでみると石の古さを感じることができます。

見る角度を変えてみると姿が変わっておもしろいですね。

色々と写真でご紹介です。

 

 

  

徒歩で移動して第三変電所へ

次は徒歩で移動して第三変電所に向かいます。

途中は細い道を歩きますが、しっかり舗装されているので安心して通ることができます。

とはいうものの、さすがに夜にここは通りたくないですね。

途中ではキレイな苔がありました。

 

さらに何かの遺跡なのでしょう、風化した石もありました。

 

15分ほど歩くと広場がありました。

背の高い木に囲まれ、今までの遺跡の雰囲気から一変しました。

 

そして視点を上にやると、そこには超絶素敵な雰囲気の建物があります。

そう、それが第三変電所です。ここは遺跡ファンにとってはたまらない場所だと思いますよ!



変電所の中にはロマンが詰まっていた!

変電所の中は自由に立ち入ることができます。

管理人などもいないので気軽に散策できますね。

水力発電所で発電された電気を直流に変換するために使われていた施設ですが、現在では変電所としての面影は残っていません。

中に入ってみるとそこにはロマンが広がっていました。

 

僕は遺跡マニアではありませんが、この雰囲気にはテンションが上がりました。

遺跡というか廃墟というほうが正しいかもしれません。

変電施設は残っていませんが、生活するために使われていたであろう部屋、物置、階段、お手洗いなどが残っています。

 

いたるところにゴミなどが捨てられていますが、それがまた古っぽさを出していて雰囲気にピッタリです。

 

2階に行くこともできますが、途中の階段が一部壊れているので注意が必要です。

 

こちらも写真でご紹介です。

 

 

その他施設のご紹介

これら以外にも魅力的な施設がたくさんありました。 

第三通洞

明治38年(1905)に電車が導入され、昭和13年(1938)からは東平と日浦を結ぶ「かご電車」(1両当たり最大8人乗り)が運転を開始し、一般利用にも提供されていました。 

 

小マンプ

東平の電車乗り場から第三通洞へ向けて2つのトンネルがあります。東平集落にある短いトンネルを小マンプと呼んでいました。
マンプとは坑道を意味する間符から転じたものとされています。
現在、小マンプの中は、東平にゆかりのある鉱山運搬機器展示場となっています。 

マイン工房

銅版レリーフなどを遊びごころで体験し、手づくりの楽しさを味わうことができます。
(月曜休み)

  

まとめ

東洋のマチュピチュ、すごくよかったです。

マイントピア別子はCMでやっていたので存在はしっていましたが、東洋のマチュピチュが地元にあるのは知りませんでした。

昔の生活を想像しながら歩くととてもおもしろい場所だと思います。

夏でも気温が低く、冬は寒いくらい。

けっこう歩きますので、しっかりと動ける服装で行きましょう!

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